退職で損害賠償を請求すると脅されたら|払う前に確かめる3つのこと

社長室で机に押し出された書類と印鑑を前に、手を伸ばさず口を結んで座る若手社員。退職で損害賠償を請求すると脅されても、その場で答えない場面

退職を伝えたら、社長や上司から「辞めるなら損害賠償を請求する」「訴える」と言われた。
その場では何も言い返せず、帰り道からずっと、お金のことが頭から離れない。
次に呼ばれる面談が怖い、という人も多いのではないでしょうか?

先にお伝えすると、退職そのものを理由に、あなたが会社に対して損害賠償を払わなければならないことは、通常ありません。
「辞めたら◯万円払え」という約束は、労働基準法で禁じられています。
それでも、「訴える」と言われれば怖くなりますし、その場で従ってしまう人もいます。

だから払う前に、
①辞めること自体を理由に払う必要があるのか
②会社からの脅しは本気なのか
③自分ひとりで対応しなければならないのか
の3つを確かめてほしいのです。

私はブラック企業に約10年勤めた経験者で、現在は東証プライム上場企業の品質管理部門で働く現役会社員です。
退職交渉の場で社長から損害賠償を求められ、実際に数十万円を払って退職することに。
本来であれば、払う必要の無かったお金でした…。
だからこそ私は、会社から損害賠償請求を受けている人のためになればと思い、この記事を書きました。

この記事では、次の4つを順番に見ていきます。

  1. 退職を理由に損害賠償を払う必要はあるのか。法律は誰の味方か
  2. 会社からの脅しは本気か。3段階で見分ける
  3. 脅されたときにやる3つの対処
  4. 実際に払って辞めた私の話と、あの時どう動くべきだったか

それでは、「本当に払わなければならないのか」という一番の不安から、順番に確かめていきましょう。

目次

退職で損害賠償を請求されても、払う必要はあるのか

「就業規則では1ヶ月前と決まっている」「引き継ぎが終わっていない」と言われると、自分に非があるのでは、と思い始めてしまいませんか?
まずこの章では、法律ではどう決まっているのかを確認していきましょう。

退職そのものは損害賠償の理由にならない

正社員のように期間の定めのない雇用では、退職の申し入れから2週間が経てば雇用は終了する、と定められています(民法 第627条)。
退職は、会社が認めるかどうかで決まるものではありません。
退職届を出して退職を申し入れれば、会社が「認めない」と言っても、2週間後に雇用は終わります。
申し入れは口頭でも成立するとされていますが、日付を残すために退職届を出してください。

会社のルール(就業規則)と国のルール(法律)がぶつかったときは、法律のほうが強い、とされています。
就業規則に「退職は1ヶ月前までに申し出ること」と書かれていても、法律上は申し入れから2週間で退職が成立すると考えるのが一般的です。
ですから「2週間で辞めるなら損害賠償だ」という会社の言い分は、法律では通りにくいものです。

また、「払わないと退職を認めない」と言われても、退職できるかどうかと、損害賠償を払うかどうかは別の話です。
払わなくても退職はできます。

「辞めたら◯万円払え」という約束は違法

労働基準法には、「賠償予定の禁止」という決まりがあります。
会社は、労働契約を守らなかった場合の違約金を定めたり、損害賠償の額をあらかじめ約束させたりしてはならない、というものです(労働基準法 第16条)。

つまり、「辞めたら◯万円」という約束は、就業規則や誓約書に書いてあっても無効というのが法律の考え方です。
就業規則に「会社に損害を与えた場合は賠償を求めることがある」と書かれている会社もあります。
この一文があっても、あなたが払う金額が決まるわけではありません。
会社が実際の損害を証明しなければ請求が通らないのは、この一文がある会社でも変わりません。

さらに、脅迫など精神の自由を不当に拘束する手段で、労働者の意思に反して働かせることも禁じられています(労働基準法 第5条)。
脅して働かせ続けることは、法律で禁じられています。
法律に守られているのは、脅されているあなたのほうです。

会社が請求できるのは「実際の損害」だけ

会社が損害賠償を請求できる根拠は、大きく2つです。
1つは契約違反による損害(民法 第415条)で、例えば引き継ぎを一切せず、契約上の義務を果たさないまま辞めた場合です。
もう1つは故意や不注意で与えた損害(民法 第709条)で、例えば会社の備品を壊した、顧客データを持ち出した、といった場合です。

どちらも、損害が出たこと・その金額・退職との因果関係を、請求する側が証明する必要があるとされています。
証明するのは会社であって、あなたではありません。

人手不足や繁忙期に辞めて会社が困ることは、会社の運営上のリスクと考えられていて、辞めた従業員1人に払わせるのは難しいとされています。
請求額を給料や退職金から勝手に差し引くことも、賃金の全額払いの決まり(労働基準法 第24条)から、できないとされています。

「でも、引き継ぎが終わっていないのは事実だ」と思う人もいるでしょう。
それでも、誰に引き継ぐかを決めるのは会社の仕事で、資料を残して後任か上司に説明していれば、引き継ぎ不足を理由に賠償が認められる可能性は低いと考えられています。
会社の言い分と法律の答えを、結論だけ表にまとめます。
言われた言葉を左の列で探してみてください。

会社の言い分法律の答え
辞めるなら損害賠償を請求する退職そのものを理由に払う必要は通常ない
2週間で辞めるなら賠償だ2週間前に申し入れれば退職でき、それだけでは賠償の理由にならない
引き継ぎをしないなら賠償だ合理的な範囲で引き継げば足りる
人手不足・繁忙期に辞めて、取引先との仕事に損害が出た会社が負うべきリスクで、辞めた1人に払わせるのは難しい
即日で辞めた・無断で辞めた損害の証明は会社側、ただし無断(バックレ)は不利になり得る
研修費・資格の費用を返せ業務に必要な研修の費用は、返す約束が無効とされやすい、貸付の形などは内容次第

ただ、私自身は、支払う必要の無かったお金を、実際に払って辞めました。
その場面は、この記事の後半の私は実際に払って辞めましたでお伝えします。

会社からの脅しは本気か|3段階で見分ける

怖いのは、金額そのものより「本気かどうか分からないこと」ではないでしょうか?
脅しには段階があり、段階ごとに、会社の本気度と、あなたが今やることが変わります。
あなたに対する会社の脅しが今どの段階なのかを確かめていきましょう。

スクロールできます
脅しの段階本気度あなたが今やること
①口で言われただけ引き止めの手段の可能性が高いその場で答えない、こっそり録音する
②請求書・誓約書が出てきた会社の主張が紙になった段階サインしない、持ち帰って写真に残す
③内容証明・弁護士名・訴状法的な手続きの入口証拠をそろえて弁護士へ、訴状は期限内に対応

段階①:口で言われただけ

会社の言葉に次の特徴があるなら、会社の目的は、あなたに損害賠償を払わせることではなく、あなたを退職させないことである可能性が高いです。

  • 金額も、何の損害なのかも示されない
  • 「取引先に迷惑がかかる」「裏切りだ」など、感情の言葉が混ざる
  • 「この業界で働けなくなるぞ」など、損害賠償と関係のない脅しが混ざる

本当に請求するつもりの会社は、まず損害の中身と金額を書面にします。
口で言うだけで済ませているのは、書面にできる根拠がまだ無いか、書面にするつもりが無いかのどちらかだと考えられます。

損害賠償の言葉は出ていないものの、退職届を受け取ってもらえない、後任が決まるまで待てと言われている。
そういう方は、次の記事のほうが状況に近いと思います。

段階②:請求書や誓約書が出てきた

請求書や、誓約書・念書・覚書(名前は違っても、どれも約束を書面にしたものです)といった紙が出てきても、それは会社の主張が紙になっただけで、払う義務が確定したわけではありません。

確かめるのは、「何の損害が、いくら」と書いてあるか、そして「返す・払うという決まりがどこにあるか」です。
金額が書いてあっても、その根拠になる決まりが就業規則や契約にないなら、根拠は薄いと考えてよいでしょう。
決まりが書いてあっても、「辞めたら払う」という内容なら無効とされるのは、先ほどお伝えしたとおりです。

その場でサインをせず、持ち帰り、写真に残してください。

「とりあえず一部だけ」と払うのも避けたほうがよいでしょう。
一部でも払うと、請求を認めたと受け取られる可能性があるからです。

私の場合は、この段階②でした。
面談で金額を示され、翌日には覚書へのサインを求められました。
それでもサインをしたのは、同じ会社に私の身内が残る事情があったからです。

もしも当時の自分に声をかけることができるのなら、こう言うと思います。
「サインするな。持ち帰って、弁護士に相談しろ」と。

段階③:内容証明や訴状が届いた

退職したあとに、自宅へ内容証明郵便や、弁護士名の入った書面が届いたとします。
内容証明郵便とは、「いつ・誰が・誰に・どんな内容の書面を送ったか」を郵便局が証明してくれる郵便です。
送った事実の証拠にはなりますが、書面そのものに、あなたへ支払いを強制する力はありません。

つまり、内容証明が届いたからといって、必ずしも応じなければならないわけではありません。
請求に法的な根拠がなければ、払う義務もないのです。

ただし、放置はしないでください。
返事をしないまま放っておくと、次は訴訟に進むことがあります。
あわてて払わず、自分ひとりで返事を書かず、捨てもしないで、弁護士に相談してから返答してください。

裁判所から訴状が届いた場合は、訴状に書かれた期限までに、答弁書という返事の書面を裁判所へ出す必要があります。
放置すると、相手の言い分どおりの判決が出るおそれがあります。

「相談すると言っても、弁護士の知り合いなんていない」という人も多いと思います。
私もそうでした。
その場合の入口は、次の3つです。

  • 厚生労働省の総合労働相談コーナー:無料で相談に乗り、必要に応じて解決の手続きや窓口を案内してくれます
  • 法テラス:無料の法律相談(収入などの条件があります)と、弁護士費用の立替制度を案内してくれます
  • 各地の弁護士会の法律相談センター:知り合いがいなくても、地域の弁護士に相談を申し込めます

相談に行くときは、雇用契約書・就業規則・退職届の控え・会社とのやり取りの記録をそろえておいた方が、話がスムーズに進みやすいです。

裁判になった例と、認められた額

「うちの社長は本気で訴えそうだ。相手が本気なら、払ったほうが早いのでは」と考える人もいるでしょう。
会社が本当に訴えた例もあります。
2つの判例を見てみましょう。

1つ目は、ケイズインターナショナル事件(東京地裁 平成4年9月30日判決)です。
これは、辞めたあとに本人が支払いを約束してしまった例です。
入社から1週間ほどで欠勤して辞めた社員に対し、会社は、本人が「損害について200万円を支払う」と約束したことをもとに200万円を請求しました。

裁判所は、期間の定めのない雇用は労働者が自由に解約できることなどから、当事者は互いに誠実に振る舞うべきという原則(信義則)により、賠償額を70万円に限定したとされています(出典:労働問題.com 判例解説)。
約束の書面にサインしてしまっても、全額は認められなかった例です。
ただし、サインをすれば払うことになり得る、という例でもあります。

2つ目は、プロシード元従業員事件(横浜地裁 平成29年3月30日判決)です。
会社は、体調を崩して退職した元従業員に、約1,270万円の損害賠償を求めて訴えました。
裁判所は会社の請求を退け、逆に、年収5年分を超える額を請求した訴えを起こしたこと自体が行き過ぎで違法(不法行為)だとして、会社に110万円の支払いを命じたとされています(出典:弁護士による判例解説(労務管理・顧問弁護士@静岡))。
会社が訴えて、会社が負けた例です。

会社の請求が認められた例でも請求額がそのまま通ったわけではありませんでした。
そして根拠のない請求は会社の側が損をすることもあるのです。

📌 今日できる一歩
相手に言われた言葉を思い出して、①口だけ/②紙が出た/③内容証明や訴状、のどれに当たるかを紙に書いてみてください。
段階が分かれば、あなたが今やることがはっきりします。

脅されたときにやる3つの対処

法律の答えを知っていても、社長室で1対1になると頭が真っ白になりがちです。
だからこの章では、次の面談で実際にやることだけを3つに絞ってお伝えします。

①その場で答えない

脅しの目的は、その場で「はい」と言わせることです。
だから、その場では答えません。
用意しておく言葉は、「持ち帰って確認します」の一言だけで足ります。

相手が畳みかけてきても、同じ一言を繰り返してください。
サインをしない、口約束をしない、金額の交渉もしない、の3つを守ってください。
就業規則と雇用契約書は、持ち帰って自分で読みます。
次の面談で「で、どうするんだ」と迫られたら、「確認中です。内容を書面でいただけますか」と、請求の中身を書面で出してもらうよう求めるだけで足ります。

ただし、退職の意思そのものは変えません。
退職届をまだ出していないなら、退職日を決めて出してください。
すでに出しているなら、取り下げる必要はありません。

私も、退職届は用意してありました。
損害賠償の話が出ても、退職の意思は揺らぎませんでした。
次の会社の入社日が決まっていましたし、辞めなければ今までと同じようにサービス残業の日々が続くだけだと分かっていたからです。

②こっそり、必ず録音する

脅してきそうな相手と面談する時には、必ず録音をしておくことをおすすめします。
脅しの言葉は、あとから録り直せません。
録音していると気づかれれば、相手は言葉を選ぶようになります。
だから、部屋に入る前に録音を始めて、こっそり、必ず録ります。

「録音がバレたら、それこそ訴えられないか」と心配になる人もいるでしょう。
自分が当事者として同席している会話の録音は、一般に違法とはされておらず、証拠として使える可能性が高いとされています。

相手が録音に気づいて、激しく怒ってくることもあると思います。
怒るのは、「自分の発言を残されると困る」という自覚があるからだと私は考えています。
そういう相手と一人で交渉しようとすると、不利な状況に追い込まれることがあります。

面談時に録音したデータは弁護士や相談窓口に渡す証拠になります。
書面は写真で残しておきましょう。

未払いの残業代がある人は、損害賠償の話と一緒に、未払いの残業代の清算も視野に入ります。
辞めたあとに請求する流れと証拠の強さは、タイムカードがない会社でも残業代は取り返せる?にまとめています。

③自分で交渉せず、第三者に任せる

「第三者に任せる」とは、会社とのやり取りそのものを、あなたの代わりに交渉できる人に任せることです。
任せたあとは、会社とのやり取りは代理人が行うので、次の面談にあなたが出る必要はありません。
損害賠償の話が出た時点で、それは法律の話になっているからです。
法律の話を1人で交渉すると、私のように、根拠を確かめる前に条件を飲むことになりかねません。

ただし、第三者と言っても「労働基準監督署」は立場が少し違います。
労働基準監督署は、労働基準法などの違反を調査し、会社を指導する国の機関です。
法律違反を取り締まる機関であって、あなたの代わりに損害賠償の話を交渉する代理人ではありません(できることの範囲は、労働基準監督署とは?で確認できます)。

あなたの代わりに会社と交渉できるのは、労働組合(会社と話し合う権利=団体交渉権を持っています)と弁護士です。
相談窓口は入口で、交渉を任せる相手は弁護士か労働組合です。
損害賠償はお金と法律の話なので、弁護士が向いています。

弁護士が運営する退職代行なら、退職の連絡と、損害賠償や未払い残業代の交渉を、まとめて任せることができます。
労働組合が運営する退職代行もあります。

しかし、損害賠償の対応だけを弁護士に頼むと、弁護士費用が会社からの請求額を上回ることもあります。
一方で、未払いの残業代など会社に請求できるお金があれば、一緒に頼むことで、費用を上回って戻ってくる場合もあります。

第三者に頼むと聞いて、それは逃げではないか、と感じる人もいるでしょう。
私の考えをお伝えすると、退職を口にした瞬間に「損害賠償」「訴える」とお金の話で脅してくる相手に対して、自分を守るために退職代行を使うことには、迷いなく賛成です。
脅しが出た時点で、その面談は、あなたと相手が対等に話せるものではなくなっているからです。

弁護士型と労働組合型のどちらが自分の状況に合うのか、損害賠償の話が出ている相手に向くのはどちらかは、退職代行で失敗しない選び方で確かめてみてください。

3つのうち、次の面談で一番難しそうなのはどれでしょうか?
私が実際にできなかったのは①と③で、次の章でその場面をお伝えします。

📌 今日できる一歩
次の面談の前に、スマホの録音アプリを開いて、ボタンの場所を確かめておいてください。
そして「持ち帰って確認します」を、一度声に出して言ってみてください。

私は実際に払って辞めました

社長との面談を終えて廊下に立ち、拳を握る会社員。退職を伝えたら損害賠償を請求された場面

「払わなくていい」と知っていても、払ってしまう人がいます。
そう聞いたら、不思議に思うでしょうか?
この章は一般論ではなく、当時の私に起きたことをお伝えします。

面談の場で起きたこと

私が約10年勤めたのは、従業員100人未満の製造業の会社でした。
退職の話は、上司、役員を経て、最後に社長へ届きます。
上司と役員は理解を示してくれましたが、社長との面談は、まったく違うものでした。

私が伝えた退職理由は否定され、「一日でも早く逃げ出したいだけだろ!?」という趣旨のことを言われました。
翌月末の予定だった退職日は、一方的に半月も早められました。
そして「福利厚生として受けていた補助を遡って返せ!」という趣旨のことを言われたのです。
まさか損害賠償請求をしてくるなんて思ってもいませんでした。

会社が示したのは、私が福利厚生として受けた補助の額でした。
金額は具体的で、面談の前から用意されていたものです。
ただ「辞めるなら返す」という決まりは、就業規則にも福利厚生の規定にもありません。

会社の言い分は、「辞めるのなら、これまで会社が負担した補助は返してもらう」という趣旨でした。
名目は補助の返還ですが、「辞めるならお金を払え」という点で、私は損害賠償の請求と同じだと受け止めています。

それでも、その場で決めなければならない空気でした。
残るなら役職を外す(仕事の負担を減らすが給料も減らす)、辞めるなら賠償金を支払う、という二択を迫られた形です。

同じ会社には、私の身内が働いていました。
その身内は会社に残る側です。
社長は会社に残る私の身内を引き合いに出してきました。
その状況は、脅迫のように感じました。

悔しさより、残る身内の立場が悪くなることを避けたい気持ちが勝ちました。
私はその場で、払って辞めるほうを選びました。
面談の最後には、覚書の話も出ました。

翌日、総務の担当者から覚書へのサインを求められ、私はサインをしています。
そうして、数十万円を払って辞めました。
有給は1日も使えないままの退職です。

本人の同意なく会社が退職日を早めることは、解雇にあたる可能性がある、と後から知りました。
会社の都合で退職日を早められた場合の考え方は、円満退職が良い4つの理由で触れています。

知っていたのに払った理由

「辞めたら払え」という約束が法律で禁じられていることは、当時も知っていました。
それでも払った理由は、社長室という密室で答えを求められ、反発できない事情を抱えていたからです。
根拠を確かめる時間も、私の代わりに会社と交渉してくれる人も、当時の私にはありませんでした。

面談のあと、上司と役員には話しました。
社長の性格を知っている2人からは、「仕方ない」という言葉しか返ってきませんでした。
社内に、私の側に立って社長に話をしてくれる人はいませんでした。

正直に言えば、今でも全く納得できません。
金額だけの話ではなく、サービス残業が月100時間を超える働き方をしてきた末に、辞めるときに損害賠償までも請求されたことが、です。
福利厚生を遡って返せと言うなら、先にこれまでの残業代を払ってほしい、と当時思いましたし、今もその思いは変わりません。

福利厚生は従業員に与えられた権利で、私は会社の承認を受けて、その制度を使っただけです。
会社にとっての数十万円と、従業員にとっての数十万円では、重みが全然違います。

弁護士型の退職代行に頼んでいれば、有給の消化やサービス残業代の請求まで一緒に交渉を任せられたはずです。
これは、今も同じ気持ちです。

支払う必要の無いお金だと、当時も頭では分かっていました。
それでも、あの状況では払うしかなかった、とも思います。
その両方が、今も残っています。

あの時、どう動くべきだったか

あの時、私がすべきだったのは2つです。
その場で答えないこと、そして会社との交渉を第三者に任せることです。
録音は当時もしていました。
足りなかったのは、3つの対処のうち①と③でした。

今、同じ場面に戻れるなら、その場では答えません。
録音データを持って、すぐに弁護士に相談します。
私には弁護士の伝手がないので、弁護士が運営する退職代行に相談するでしょう。

「辞めるならお金を払え」と迫られても、法律が守っているのはあなたのほうです。
怖いと感じるのは当然です。
だからこそ、その場で答えず、一人で抱えないでください。

📌 今日できる一歩
相談先を1つ決めて、連絡先をスマホのメモに書いておいてください。
それだけで、相談できる相手が決まっている状態になります。
面談で脅されても、「持ち帰ります」と言って本当に持ち帰り、そのメモの相手に相談できます。

退職と損害賠償について、よくある質問

Q1. 退職の2週間前に伝えて辞めたら、損害賠償を請求されますか?

期間の定めのない雇用なら、申し入れから2週間で退職は成立するとされていて(民法 第627条)、2週間で辞めたこと自体を理由に損害賠償が認められることは通常ありません。
就業規則に「1ヶ月前まで」のように書かれていても、法律のほうが優先され、2週間で退職は成立するとされています。
契約社員など期間の定めがある雇用は、途中で辞めるのに「やむを得ない事由」が必要な場合があります(民法 第628条)。
それでも、当然に損害賠償を払うことになるわけではないことは、厚生労働省の「確かめよう労働条件」のQ&Aで確認できます。

Q2. 引き継ぎをせずに辞めたら、損害賠償になりますか?

引き継ぎを一切せず、それで会社に具体的な損害が出たと会社が証明できた場合に限り、認められる可能性があります。
逆に言えば、資料を残す・後任か上司に説明する、という合理的な範囲で引き継げば足り、引き継ぐ相手が来ないことを理由に退職日を延ばす義務はないとされています。

会社が「引き継ぎが終わるまで退職を認めない」と言い続けても、法律上いつ辞められるのかは、会社が辞めさせてくれないで解説しています。
退職日までの引き継ぎの進め方は、退職の流れガイドを参考にしてください。

Q3. 即日で退職したら、損害賠償はいくら請求されますか?

「いくら」という決まった相場はありません。
会社が請求できるのは実際に出た損害で、その金額と因果関係を会社が証明する必要があります。
本人が約束した200万円が70万円になった例があるように、請求額がそのまま認められるとは限りません。

即日で辞めたいときの手順は、次のとおりです。
まず退職届を出します。
会社が受け取らなくても、退職届が会社に届いた日が申し入れの日になります。
内容証明郵便に配達証明を付けて送れば、書面の内容と届いた日が記録に残ります。
法律上の退職日は、その日から2週間後です。

有給休暇が残っていれば、その2週間に充てます。
足りない日は欠勤を会社に申し出て、認められない場合は弁護士などに相談してください。
会社の備品や借りていたものは返してください。
無断で出社しなくなる形だけは避けてください。

Q4. 退職代行を使ったら、会社から損害賠償を請求されますか?

退職代行を使ったこと自体を理由に、損害賠償が認められることは通常ありません。
「使ったら訴える」も、口で言われただけなら段階①の脅しと同じです。
損害賠償の話がすでに出ている相手なら、会社と交渉できる弁護士型か労働組合型を選ぶことをおすすめします。

Q5. 退職後に会社から損害賠償の請求書や内容証明が届きました。どうすればいいですか?

すぐに払わない、ひとりで返事を書かない、捨てない、の3つを守ってください。
内容証明が届いたからといって、必ずしも応じなければならないわけではありません。
ただし放置はせず、弁護士に相談してから返答してください。
詳しい手順と相談先は、先ほどの「段階③:内容証明や訴状が届いた」でお伝えしたとおりです。

Q6. 「辞めるなら訴える」と言われました。これは脅迫にならないのですか?

脅迫罪は、相手の生命・身体・自由・名誉・財産に害を加えると告げて脅す行為です(刑法 第222条)。
「訴える」は、裁判を起こすという正当な権利を告げたにすぎないので、通常はこれに当たらないとされています。
一方、「殴る」「身内に危害を加える」「この業界で働けなくしてやる」のような告知は、当たり得るとされています。
成立するかどうかは、一般の人が聞いて怖いと感じる内容かで判断されます。

ただし、脅して辞めさせない・働かせ続けることは、労働基準法 第5条で禁じられています。
確かめてほしいのは、相手を罰せるかではなく「その脅しが本気か」です。
録音があれば、相談するときの材料になります。

まとめ:払う前に確かめる3つのこと

最後に、この記事の要点をまとめます。

  • 退職そのものを理由に損害賠償を払う必要は通常ない。「辞めたら◯万円」の約束は労働基準法 第16条が禁じている
  • 会社が請求できるのは、実際に出た損害を会社が証明できたときだけ
  • 脅しは3段階。口頭だけなら引き止めの手段の可能性が高く、内容証明・訴状が届いたら必ず弁護士へ
  • やることは3つ。「持ち帰って確認します」と言ってその場では答えない、こっそり録音する、第三者に任せる
  • 知っていても払ってしまうのは、根拠を確かめる時間がなく、代わりに交渉してくれる人もいないとき

損害賠償という言葉を出された時点で、法律に守られているのはあなたです。
払う前に確かめる3つのこと、①法律の答え、②脅しの段階、③自分ひとりで答えなくていいこと、を持って、次の面談に臨んでください。

3つのうち、今日できることを1つ選ぶなら、相談先を決めることです。
次の面談の前に、連絡先をメモしておいてください。
相談できる相手が決まっていれば、その場で「はい」と言わずに済みます。

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この記事を書いた人

ブラック企業に10年勤務後、転職。製造業の品質管理・調達、台湾駐在・中国出張の経験あり。仕事で消耗しているあなたへ、きれいごとなしの「考え方と行動の地図」を届けます。ブラック企業10年の裏側はnoteに、Xでも毎日情報を発信しています。今日動かなければ、明日は今日の続きです。でも今から動けば人生は変えられます。一緒に始めてみませんか?

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